「福祉年表」で視覚的に覚えよ

歴史問題は受験生が苦手とする分野ですが、福祉年表を目に焼き付けておくことで記憶の助けになります。

この記事では福祉年表を用いて、特に覚えにくいところを記憶に留めていきます。

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COSとセツルメント運動

1884年に世界初のセツルメント運動といわれるトインビーホール(バーネット夫妻)が設立されましたが、年表を見ると慈善組織協会COSの方が先ですね。

そしてアメリカのセツルメント運動のハルハウス(ジェーンアダムス)が1889年、日本で最初のセツルメント運動は岡山博愛会(アリスペティアダムス)は1891年、キングスレー館(片山潜)は1897年で、ある程度時期が接近しています。

しかしCOSの友愛訪問と同じような、日本の民生委員制度の原型と言われる済世顧問制度は1917年ですから、COSの始まりより相当後発です。

その後、済世顧問から方面委員、1936年に方面委員令(年表にはありません)で全国に普及し、1946年の民生委員令によって方面委員から民生委員へと移り変わるまで30年程を要していますね。

この辺りを年表で確認しておきましょう。

社会保険制度の歴史

受験生が最も苦手とする「社会保険」と「歴史」、それを組み合わせた「社会保険制度の歴史」は誰もが逃げている分野かと思います。

ここでは福祉年表を用いて、そこに挑みます。

年金制度の歴史

日本の社会保障制度の始まりは、健康保険からでしたね。その後国民健康保険ができて医療保険制度は整ってきました。つまり社会保障制度は医療保険から充実してきたのです。

下の福祉年表を見てください。1938年に国民健康保険法ができますが、年金制度はできていません。

そして1939年、日本で初めての公的年金制度である「船員保険」ができます。船員だけが対象の保険で年金と医療保険と労災保険を含む保険でした。

そして1941年に陸上の労働者にも対象を拡大した「労働者年金保険法」ができ、さらに1944年には労働者の適用範囲を拡大した「厚生年金保険法」ができました。厚生年金保険は終戦前にできていたのですね。

年金制度の歴史

しかし、当時は労働者より農業や漁業を営む自営業者の方が圧倒的に多く、そのような人たちが加入する年金制度がありませんでした。

そこで1959年に国民年金法ができ、1961年に国民皆年金制度が出来上がります。これでやっとすべての国民が年金制度に加入できたわけです。

1961年は国民皆保険・皆年金制度が出来た年でしたね。1973年の福祉元年と混同しないように。

そして、1986年に国民年金が基礎年金として土台になり、厚生年金と共済年金が2階部分という「基礎年金制度」が出来上がるのです。

年金制度の流れ、覚えられたでしょうか。

日本では医療保険が最初にできて、船員保険から年金制度がはじまり、厚生年金保険が終戦前にできていたこと、そして国民皆保険・皆年金制度が1961年に完成し、1986年には基礎年金制度が確立したこと、この流れを覚えましょう。

そしてもう一つ、年金制度の歴史で覚えておくべきは、1973年の福祉元年です。

福祉元年の年金制度改革といえば物価スライドの導入でしたね。物価の変動に合わせて年金額を変動させる物価スライドの導入と、標準報酬額の再評価(賃金スライド)を行ったことで、「5万円年金」が実現することになったのです(サラリーマンの平均月収6万円程度)。それまでは「1万円年金」とか「夫婦2万円年金」でした。

年金の物価スライド制を導入しておいたことで、同年に発生したオイルショックで物価が急騰しましたが、年金生活者は乗り越えることができたんです。

以上を踏まえて下の問題を解くと、とても簡単になりましたね。

第30回 問題52

公的年金制度の改革に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 社会保障制度が本格的に整備されるようになった第二次世界大戦後、厚生年金保険制度が創設された。
2 国民年金法が1959年(昭和34年)に制定され、自営業者等にも公的年金制度を適用することにより、国民皆年金体制が実現することになった。
3 オイルショックに伴う急激なインフレに対処するため、1973年(昭和48年)改正により、厚生年金の給付水準を一定期間固定することとした。
4 持続可能な制度にする観点から、2004年(平成16年)改正により、老齢厚生年金の支給開始年齢を段階的に65歳から67歳に引き上げた。
5 将来の無年金者の発生を抑える観点から、2012年(平成24年)改正により、老齢基礎年金の受給資格期間を25年から30年に延長した。

1 社会保障制度が本格的に整備されるようになった第二次世界大戦後、厚生年金保険制度が創設された。
厚生年金の前身である労働者年金保険制度ができたのが1941年。
その後1944年に厚生年金保険に改名されました。なので大戦後ではありません。

2 国民年金法が1959年(昭和34年)に制定され、自営業者等にも公的年金制度を適用することにより、国民皆年金体制が実現することになった。
1959年に国民年金法が制定され、1961年に全面施行され、これによって国民皆年金が実現しました。
これが正解です。

3 オイルショックに伴う急激なインフレに対処するため、1973年(昭和48年)改正により、厚生年金の給付水準を一定期間固定することとした。
1973年は福祉元年でした。
この時の年金制度改正では標準年金の給付水準が5万円に引き上げられ、賃金スライドや物価スライドが導入されています。
厚生年金の給付水準を一定期間固定することは行われていません。もし行われていたら、オイルショックによる物価高騰に耐えられなかったでしょう。

4 持続可能な制度にする観点から、2004年(平成16年)改正により、老齢厚生年金の支給開始年齢を段階的に65歳から67歳に引き上げた。
2004年の年金制度改正では、基礎年金の国庫負担割合の引き上げ(1/3→1/2)、保険料上限固定、マクロ経済スライドの導入などが行われました。
支給開始年齢の引き上げは行われていません。

5 将来の無年金者の発生を抑える観点から、2012年(平成24年)改正により、老齢基礎年金の受給資格期間を25年から30年に延長した。
30年に延長ではなく10年に短縮されました。

医療保険の歴史

界初の社会保険制度は1883年にドイツでできた「疾病保険法」という医療保険制度でした。

そのドイツに倣って1922年に日本初の医療保険制度である「健康保険」ができました。この健康保険は下で出てくる工場法や鉱業法の適用を受ける事業所で働く労働者が対象で、国民の多くを占める農民などは対象外でした。そこで1938年に「国民健康保険」ができて農民なども対象になりました。それでも国民健康保険は組合の設立や加入が任意ということもあり、まだまだ医療保険対象外の人たちが多かったのですが、最終的に1961年に国民皆保険が実現します。

医療保険の歴史

これで以下の問題も易しく感じられるようになりました。

第29回 問題49

日本の社会保障の歴史的展開に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 被用者を対象とした社会保険制度として、まず健康保険法が施行され、その後、厚生年金保険法が施行された。
2 最初に実施された公的医療保険制度は、国民健康保険である。
3 後期高齢者医療制度は、介護保険制度と同時に創設された。
4 国民皆年金は、基礎年金制度の導入によって実現した。
5 第二次世界大戦後、社会福祉の制度は、身体障害者福祉法、児童福祉法、生活保護法の順に施行された。

1 被用者を対象とした社会保険制度として、まず健康保険法が施行され、その後、厚生年金保険法が施行された。
そのとおりですね。

2 最初に実施された公的医療保険制度は、国民健康保険である。
国民健康保険ではなく「健康保険」です。

3 後期高齢者医療制度は、介護保険制度と同時に創設された。
介護保険制度は2000年、後期高齢者医療制度は2008年なので違います。

4 国民皆年金は、基礎年金制度の導入によって実現した。
1961年に国民皆年金制度が実現しましたが、1986年の年金制度改革によって国民年金制度が全ての国民に共通の基礎年金制度として再編成され、厚生年金や共済年金は基礎年金の上乗せ部分と位置付けられました。

5 第二次世界大戦後、社会福祉の制度は、身体障害者福祉法、児童福祉法、生活保護法の順に施行された。
生活保護法→児童福祉法→身体障害者福祉法の順です。
傷痍軍人の優遇政策でGHQとモメタので身体障害者福祉法は遅れて施行されました。

第31回 問題53

医療保障制度の歴史的展開に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 健康保険法(1922年(大正11年))により、農業従事者や自営業者が適用対象となった。
2 老人福祉法(1963年(昭和38年))により、国民皆保険が実現した。
3 老人保健法(1982年(昭和57年))により、高額療養費制度が創設された。
4 介護保険法(1997年(平成9年))により、老人保健施設が創設された。
5 健康保険法等の改正(2006年(平成18年))による「高齢者医療確保法」により、75歳以上の高齢者が別建ての制度に加入する後期高齢者医療制度が創設された。
(注)「高齢者医療確保法」とは、「高齢者の医療の確保に関する法律」のことである。

1 健康保険法(1922年(大正11年))により、農業従事者や自営業者が適用対象となった。
このときの対象は被用者のみですので間違いです。農業従事者や自営業者が対象になったのは1938年にできた国民健康保険法、1958年の同法改正のときです。

2 老人福祉法(1963年(昭和38年))により、国民皆保険が実現した。
国民皆保険は1961年ですので間違いです。老人福祉法とは関係ありません。

3 老人保健法(1982年(昭和57年))により、高額療養費制度が創設された。
高額療養費制度ができたのは1973年の福祉元年でしたね。

4 介護保険法(1997年(平成9年))により、老人保健施設が創設された。
老人保健施設ができたのは老人保健法が改正された1986年です。

5 健康保険法等の改正(2006年(平成18年))による「高齢者医療確保法」により、75歳以上の高齢者が別建ての制度に加入する後期高齢者医療制度が創設された。
これが正解です。老人保健制度に代わる制度として後期高齢者医療制度ができました。

労働保険の歴史

これまで見てきた年金や医療保険も、そのコンセプトは労働者を守ることが発端でした。年金制度の始まりである「船員保険」も「厚生年金保険」も全て労働者が対象です。医療保険の始まりである「健康保険」も労働者が対象です。つまり労働保険の歴史は、医療保険や年金制度の歴史とも重なるのです。

諸外国を見れば、ドイツで誕生した世界初の社会保険は、労働問題に対処するために1883年「疾病保険法(医療保険)」、1884年「災害保険法(労災保険)」で労働者を守るものでした。

イギリスでも1911年に「国民保健法」ができましたが、これは健康保険と失業保険を合わせたような制度で、失業保険としては世界初でした。

このように社会保険制度は、労働者を守るための労働保険から始まってきたのです。

労働保険の歴史

日本では1911年に「工場法」が出来ました(イギリスでは1802年に工場法ができています)。この法律は幼少年労働者や女性労働者を守るための日本初の労働者保護法でした。

1933年にできた児童虐待防止法も児童労働の禁止を定めた法律でしたね。

それから船員保険や健康保険の中で労働者が守られてきて、1947年にやっと労働基準法ができました。このときに労働者災害補償保険法(労災保険)もできて、それまで健康保険で賄っていた労災は、労災保険法で補償されることになりました。

さいごに

福祉年表を活用すれば、人間が最も記憶しやすい視覚を利用できるので、記憶が定着しやすいです。

福祉年表はテキストの購入特典としてPDF版を配布していますが、編集ができません。

自分で編集したければ、以下でExcel版を使ってください。

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