「セツルメント運動」ってなに?「慈善組織協会COS」と比較した覚え方

社会福祉を勉強していると、セツルメントってよく出てきますよね。

セツルメント運動って何!?

変な名前ですね。

セツルメント運動はCOS運動と対比させると覚えやすいです。

ソーシャルワークは以下の3つがそれぞれ発展し、最終的に統合されてジェネリックソーシャルワークとなります。

・ケースワーク(個人)
・グループワーク(集団)
・コミュニティワーク(地域)

ここではケースワークの源流となった「慈善組織協会COS」、グループワークの源流となった「セツルメント運動」を見ていきます。

セツルメント運動

昔の慈善事業といえば、金品を与えることが主流でした。

しかしそれでは貧困問題の根本的な解決にならないということで、セツルメントでは民間人が貧困地域に赴いて、医療や宿泊場所を提供し貧困に苦しむ人を支えました。

つまり、単に金品を与えるのではなく、貧困地域に赴いて、グループ教育や医療、授産や育児などの様々な面で援助を行ったのです。

セツルメント(settlement)とは「移住」という意味ですね。
貧困に苦しむ人がいる地域に移住して支援するということです。

もともとはスラム街などの貧困地域に「移住」して支援していたので「セツルメント」と呼ばれるようになりましたが、今では貧困地域での支援を広くセツルメントと呼ぶこともあります。

1884年 トインビーホール@ロンドン 

アーノルド・トインビーという人が貧困問題対策としてのセツルメント施設を作ろうと試みている最中に亡くなってしまい、その志を引き継いだバーネット夫妻がその名を冠したトインビーホールを設立しました。

これが世界初のセツルメントです。

バーネット夫妻が設立したトインビーホールに、オックスフォード大学やケンブリッジ大学の学生が住み込んで活動しました。

1886年 ネイバーフットギルド@ニューヨーク

トインビーホールを設立したバーネット夫妻の教えを受け、スタントン・コイトがニューヨークでアメリカ初のセツルメントとなるネイバーフットギルド(隣人ギルド)を設立しました。

ギルドというのは専門職人たちの自治団体のことです。中世ヨーロッパでは専門職人たちが技術を守るためにこのような自治団体を作っていました。ネイバーフットギルドは、隣人たちが集まって助け合うのをギルドに見立てたのですね。

1889年 ハルハウス@シカゴ 

こちらもトインビーホールを設立したバーネット夫妻の教えを受け、ジェーン・アダムスは当時世界最大規模のセツルメントとなるハルハウスを設立しました。

セツルメント運動といえばジェーン・アダムスですね、女性です。

シカゴのスラム街にハルハウスを建設し週に2,000人もの人を世話したそうです。

成人のための夜間学校、幼稚園、少年少女のためのクラブ活動などなどの機能がありました。

ジェーン・アダムスは1931年にノーベル平和賞を受賞しています。

1891年 岡山博愛会@日本 

日本のセツルメントの始まりはアリス・ペティ・アダムスが設立した岡山博愛会でした。

同じアダムスでもハルハウスを設立したジェーン・アダムスとは別人ですが、この人も女性です。

彼女は結婚せず自身も質素な暮らしをしながら恵まれない子どもたちを助ける活動をしました。

肺結核や乳がんに罹患してもセツルメント運動に奔走したまさに聖人です。
忘れられませんね、この人。

アリス・ペティ・アダムスは、石井十次、留岡幸助、山室軍平とともに岡山4聖人の一人です。

アリス・ペティ・アダムスは、歯を食いしばって(891)、日本初のセツルメント運動に奔走した、と覚えましょう。

1897年 キングスレー館@日本 片山潜

片山潜は「かたやません」と読みます。

この人はトインビーホールを見学してセツルメント運動に感化され、東京にキングスレー館を設立しました。

こちらも日本初のセツルメントと言われることもあります。

両方覚えておきましょう。

1921年 大阪市立市民館

日本初の公営セツルメントは大阪市立市民館で、民間に比べて公営のセツルメント施設ができたのは遅いです。

日本初のセツルメントは1891年、アダムスが歯を食いしばって(891)がんばってから、30年も経ってからです。

ここでは、保健診療や授産、法律や職業相談、学童保育などなど、多くの事業が行われてきました。

日本では、セツルメント事業を「隣保事業」と呼び、セツルメント施設を、特に「隣保館」といいます。

現在、日本の隣保事業は第二種社会福祉事業に規定されています。

セツルメントまとめ

国・都市施設人物備考
1884年イギリス・ロンドントインビーホールバーネット夫妻世界初のセツルメント
1886年アメリカ・ニューヨークネイバーフットギルドスタントン・コイトアメリカ初のセツルメント
1889年アメリカ・シカゴハルハウスジェーン・アダムス当時の世界最大規模
1891年日本・岡山岡山博愛会アリス・ペティ・アダムス日本初のセツルメント
1897年日本・東京キングスレー館片山潜(日本初のセツルメント)
1921年日本・大阪大阪市立市民館 日本初の公営セツルメント

以上、セツルメント運動を紹介してきましたが、冒頭でも書いたように、セツルメント運動はグループワークの源流です。

さらに、YMCA(キリスト教青年会)もグループワークの源流と言われています。

YMCAは、祈祷会や聖書研究を目的に設立されレクリエーション活動やクラブ活動などのグループ活動を行っていました。

グループワークの源流となったセツルメントとYMCAはセットで覚えておきましょう。

慈善組織協会COS

19世紀のイギリスでは資本主義が発展するとともに貧富の差が拡大していました。

貧困に苦しむ人に対して個々の慈善活動が行われていたのですが、救済漏れや不正受給などがあったため、各慈善団体をまとめて広く援助しようとしたのがCOSです。

このような地域組織化活動をコミュニティオーガニゼーションといいます。

友愛訪問員と呼ばれるボランティアが家庭訪問をするという形で始まりました。この友愛訪問員がケースワーカーの起源です。

アウトリーチというやつですね。

セツルメント運動では貧困の原因を「社会」にあると考えました。

一方でCOSでは貧困の原因を「個人」にあると考えました。

つまりCOSでは、自助の考えに基づき「貧困の原因は個人にある」として貧困者に生活態度の改善を促し、「救済に値する貧困者」と「救済に値しない貧困者」を区別したのです。

前者はCOSで、後者は新救貧法での救済になりました。

1869年 慈善組織協会COS設立@ロンドン

世界初のCOSは、イギリスのロンドンで始まりました。

世界初のセツルメントは1884年のトインビーホールでしたから、それよりもCOSの方が早かったのです。

セツルメントもCOSもイギリスのロンドン発祥だね。

1877年 慈善組織協会COS設立@ニューヨークバッファロー

後に「ケースワークの母」と呼ばれるリッチモンドがアメリカのCOS職員として働いていました。

1917年「社会診断」、1922年「ソーシャルケースワークとは何か」などの著書があります。

リッチモンドはこのような著書を発表しながら、ケースワークの専門化に取り組みました。

セツルメント運動は専門化せず経験や勘で行動することを大切にしましたね。

ニューヨークで慈善組織協会COSが設立されてから20年後の1897年、全米慈善矯正会議でリッチモンドは応用博愛学校の必要性を提唱し、慈善活動の効果的実践のための夏季養成講座を開設しました。

このようにケースワークの専門化に奔走したリッチモンドですが、その後ケースワークはどうなったのでしょうか。

続きが知りたい方は以下の記事で。

【ケースワーク】M.リッチモンド、三好豊太郎、竹内愛二、仲村優一
ケースワークはソーシャルワークの最も基本となる個別援助技術です。その歴史を見ていきましょう。ケースワークの歴史ケースワークの始まりは、「ケースワークの母」と呼ばれたM.リッチモンドです。彼女は慈善組織協会C...

まとめ

セツルメントと慈善組織協会COSの特徴をまとめます。

下の比較表は重要ですのでしっかり覚えてください。

 セツルメント運動慈善組織協会COS
目的救貧個々の慈善活動を統合、不正受給防止
手法グループワークケースワーク
対象&方法貧困地域に移住救済に値する貧困者に友愛訪問
貧困の原因社会個人
専門化専門化せず経験や勘に頼る専門化を重視
代表的な人物ジェーン・アダムスメアリー・リッチモンド

COSのリッチモンドはケースワークの専門化に奔走しましたが、経験や勘に頼った支援を重視していたセツルメント運動のアダムスの方が、ノーベル平和賞を受賞しました。

セツルメント運動で貧困に苦しむ人に寄り添った支援がノーベル平和賞につながったのではないでしょうか。

過去問

第28回 問題34

セツルメントに関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 日本におけるセツルメント運動は、アダムス(Adams,A.)が岡山博愛会を設立したことに始まるとされている。
2 中央慈善協会は、全国の主要な都市で展開されていたセツルメント運動の連絡・調整を図ることを目的として設立された。
3 留岡幸助は、大崎無産者診療所を開設し、セツルメント運動に取り組んだ。
4 大原孫三郎は、セツルメントの拠点としてキングスレー・ホールを開設した。
5 加賀豊彦は、神戸の貧困地域でのセツルメントの実践を「貧乏物語」にまとめた。

1 日本におけるセツルメント運動は、アダムス(Adams,A.)が岡山博愛会を設立したことに始まるとされている。
これが正解です。
アダムスは歯を食いしばって(1891年)、日本初のセツルメント運動を実施しました。

2 中央慈善協会は、全国の主要な都市で展開されていたセツルメント運動の連絡・調整を図ることを目的として設立された。
中央慈善協会は1908年に設立された社会福祉協議会の前身です。
セツルメント運動の連絡調整を目的としてできたのではありません。
中央慈善協会と慈善組織協会COSをゴッチャにして覚えてはいけません。
中央慈善協会は別記事で詳しく取り上げています。

3 留岡幸助は、大崎無産者診療所を開設し、セツルメント運動に取り組んだ。
留岡幸助は東京巣鴨や北海道にも家庭学校を設立した人でセツルメント運動とは関係ありません。

4 大原孫三郎は、セツルメントの拠点としてキングスレー・ホールを開設した。
キングスレーホールを開設したのは片山潜ですので間違いです。

5 加賀豊彦は、神戸の貧困地域でのセツルメントの実践を「貧乏物語」にまとめた。
貧乏物語は河上肇が執筆していますので間違いです。
貧乏物語は時々出てきますので覚えておきましょう。

第33回 問題94 

19世紀末から20世紀初頭のセツルメント活動に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 バーネット(Barnett, S.)が創設したトインビーホールは、イギリスにおけるセツルメント活動の拠点となった。
2 コイト(Coit, S.)が創設したハル・ハウスは、アメリカにおけるセツルメント活動に大きな影響を及ぼした。
3 石井十次が創設した東京神田のキングスレー館は、日本におけるセツルメント活動の萌芽となった。
4 アダムス(Addams, J.)が創設したネイバーフッド・ギルドは、アメリカにおける最初のセツルメントであった。
5 片山潜が創設した岡山孤児院は、日本におけるセツルメント活動に大きな影響を及ぼした。

1 バーネット(Barnett, S.)が創設したトインビーホールは、イギリスにおけるセツルメント活動の拠点となった。
これが正解です。トインビーホールはバーネットが創設しました。

2 コイト(Coit, S.)が創設したハル・ハウスは、アメリカにおけるセツルメント活動に大きな影響を及ぼした。
間違いです。ハルハウスはアダムスが創設しました。

3 石井十次が創設した東京神田のキングスレー館は、日本におけるセツルメント活動の萌芽となった。
間違いです。キングスレー館は片山潜が創設しました。

4 アダムス(Addams, J.)が創設したネイバーフッド・ギルドは、アメリカにおける最初のセツルメントであった。
間違いです。ネイバーフッド・ギルドはコイトが創設しました。

5 片山潜が創設した岡山孤児院は、日本におけるセツルメント活動に大きな影響を及ぼした。
間違いです。岡山孤児院は石井十次が創設しました。
典型的な入れ替え問題で正解を導きやすい問題でした。

第29回 問題93

慈善組織協会(COS)に関する次の記述のうち、最も適切なものを1つ選びなさい。
1 COSは、労働者や子どもの教育文化活動、社会調査とそれに基づく社会改良を目的に設立された。
2 COSの救済は、共助の考えに基づき、社会資源を活用して人と人が支え合う支援を行った。
3 COSは、把握した全ての貧困者を救済の価値のある貧困者として救済活動を行った。
4 COSは、友愛訪問員の広い知識と社会的訓練によって友愛訪問活動の科学化を追求した。
5 COSの友愛訪問活動の実践を基に、コミュニティワーカーに共通する知識、方法が確立された。

1 COSは、労働者や子どもの教育文化活動、社会調査とそれに基づく社会改良を目的に設立された。
間違いです。
COSの設立目的は、当時各地域でバラバラに行われていた救済活動について、それぞれの慈善団体同士の情報交換や協力体制を築くことで、よりよいものにしようとの考えからです。

2 COSの救済は、共助の考えに基づき、社会資源を活用して人と人が支え合う支援を行った。
COSは自助の考えに基づいています。
共助ではありません。

3 COSは、把握した全ての貧困者を救済の価値のある貧困者として救済活動を行った。
COSでは救済に値する者と値しない者に分けて救済活動を行いました。

4 COSは、友愛訪問員の広い知識と社会的訓練によって友愛訪問活動の科学化を追求した。
その通りです。
セツルメント運動は経験に基づいて活動していましたが、COSは科学化・専門化を追求しました。

5 COSの友愛訪問活動の実践を基に、コミュニティワーカーに共通する知識、方法が確立された。
COSが基になってできたのはケースワークですので間違いです。

第22回 問題86 

ソーシャルワークの形成過程に関する次の記述のうち、正しいものを一つ選びなさい。
1 慈善組織協会は、慈善活動による救済の偏りを防止するために設立され、貧困の原因を社会の構造に求めて、貧困者に対する救済を社会の義務ととらえていた。
2 セツルメント運動は、大学生たちが貧困地区に住み込むことによって展開され、貧困からの脱出に向けて、勤勉と節制を重視する道徳主義を理念とした。
3 YMCAは、キリスト教の信仰を深める青年運動として始められ、個別面接を繰り返すことによって、心理的な側面を重視した面接技法の体系化を進めた。
4 リッチモンド(Richmond,M.)の提案に基づいて、ニューヨークで6週間に及ぶ博愛事業に関する講習会が初めて開催され、専門教育へと発展していった。
5 フレックスナー(Flexner,A.)によって「ソーシャルワークはすでに専門職である」と結論づけられ、専門性が社会的に認知されるきっかけとなった。

1 慈善組織協会は、慈善活動による救済の偏りを防止するために設立され、貧困の原因を社会の構造に求めて、貧困者に対する救済を社会の義務ととらえていた。
慈善組織協会COSは、イギリス全国でバラバラに実施されていた慈善活動をまとめて救済の偏りを防止するために設立されたという点は正しいです。しかし、貧困の原因は「社会」ではなく「個人」にあると考えていたので、この点は間違いです。

2 セツルメント運動は、大学生たちが貧困地区に住み込むことによって展開され、貧困からの脱出に向けて、勤勉と節制を重視する道徳主義を理念とした。
セツルメント運動は、大学生たちが貧困地域に住み込むことで展開されたことは正しいです。ただし、勤勉と節制を重視する道徳主義を理念としていたという点は間違いで、セツルメントでは貧困は「社会」にあると考え、困窮者には「教育」が重要であると考えていました。だからグループでの教育が実施され、グループワークの源流になったのです。

3 YMCAは、キリスト教の信仰を深める青年運動として始められ、個別面接を繰り返すことによって、心理的な側面を重視した面接技法の体系化を進めた。
YMCAはセツルメントと同じく、グループワークの源流です。つまり説明文にあるような個別面接ではなく、グループでの活動を重視していました。個別面接はケースワークの源流であるCOSの手法です。

4 リッチモンド(Richmond,M.)の提案に基づいて、ニューヨークで6週間に及ぶ博愛事業に関する講習会が初めて開催され、専門教育へと発展していった。
これが正解です。

5 フレックスナー(Flexner,A.)によって「ソーシャルワークはすでに専門職である」と結論づけられ、専門性が社会的に認知されるきっかけとなった。
間違いです。1915年にフレックスナーは「ソーシャルワークは未だ専門職ではない」と言っています。そして1957年にグリーンウッドが「ソーシャルワークはすでに専門職である」と言っています。このあたりは、「ソーシャルワークの専門性」の記事で確認を。

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M.リッチモンドが発展させてきたケースワークですが、日本ではどのように広まってきたのでしょう。

日本のケースワークの発展を見ていきます。

【ケースワーク】M.リッチモンド、三好豊太郎、竹内愛二、仲村優一
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コメント

  1. ゆう より:

    本文途中の「全米事前矯正会議」は「全米慈善矯正会議」の誤字のようですね。

    有用な記事をありがとうございます。
    毎回こちらで勉強させてもらっています。

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