【自己決定と意思決定の違い】障害者権利条約批准へ向けた意思決定支援

バイステックの7原則の1つに「利用者の自己決定の原則」というのがあります。
自分のことは自分で決めるということですが、近年の福祉業界では「自己決定」ではなく「意思決定」という用語が用いられています。

自己決定と意思決定に違いはあるのでしょうか。

実はこの違いは政治的な思惑も絡んでいて、少し複雑です。

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自己決定と意思決定と代行決定

福祉分野では長らく「自分のことは自分で決める事」を「自己決定」と表現し、1950年代にアメリカの社会福祉学者バイステックが提唱したバイステック7原則の「自己決定の原則」にあるように、古くから用いられています。

「意思決定」という用語が初めて用いられたのは2006年に国連で採択された障害者権利条約でした。

その中では「supported decision making」と表現されていて、それまでの自己決定「self-determination」とは異なる表現でした。

日本政府は「supported decision making」(支援付き意思決定)を直訳して「意思決定支援」と訳したのです。

それから、日本は国連障害者権利条約の批准に向けて取り組むことになりますが、障害者権利条約の謳う意思決定支援の障壁になったのは2000年にできた成年後見制度でした。

障害者権利条約では、成年後見制度のような代行的意思決定「substituted decision making」 を廃止し、支援付き意思決定「supported decision making」に転換するよう求めています。

つまり日本の成年後見制度は障害者権利条約のポリシーに反するのです。

カリスマくん
カリスマくん

成年後見制度は、認知症の高齢者や知的障害者のような判断能力が不十分な人のために、代わりに意思決定する代理人等を立てる制度だね。

自己決定と意思決定の違い

主体性の高い順番にまとめてみると、

①自己決定「Self-determination」
②支援付き意思決定(意思決定支援)「supported decision making」
③代行的意思決定「substituted decision making」

自己決定は、周囲の人や環境との相互作用の中で主体的に意志を決定すること。
英語は「determination」という強い決意を表す単語になっており、最も主体性の高い位置付けです。

支援付き意思決定は、専門性のある支援員の支援によって意思を決定すること。
英語は「decision」という一般的な決断を表す単語になっています。

代行的意思決定は、本人以外の他者が、代理的・代行的に意思決定すること。

このように見てみると、障害者権利条約にある「合理的配慮」がなされた自己決定が「意思決定」であるということも言えそうです。

障害者権利条約批准

2006年、「Nothing about us without us(私たち抜きに私たちのことを決めるな)」の考え方のもとに、障害者が作成の段階から関わり、その意見が反映されて成立した国連障害者権利条約。

日本は障害者権利条約の批准へ向けて、2011年に障害者基本法を改正し意思決定支援の条項を盛り込みました。

障害者基本法第23条(相談等)
国及び地方公共団体は、障害者の意思決定の支援に配慮しつつ、障害者及びその家族その他の関係者に対する相談業務、成年後見制度その他の障害者の権利利益の保護等のための施策または制度が、適切に行われ又は広く利用されるようにしなければならない。

そして、
2011年 障害者虐待防止法成立
2012年 障害者総合支援法成立
2013年 障害者差別解消法成立
2013年 障害者雇用促進法改正

などの法律の整備により2014年に障害者権利条約の批准に至ります。

このように、障害者権利条約の批准に向けて、ある意味強引に障害者基本法に「意思決定支援」を盛り込み、それ以後も「意思決定支援」というワードが盛んに聞かれるようになったのは、日本政府の障害者権利条約批准に向けた政治的な思惑も絡んでいるからでしょう。

障害者権利条約批准までの道程

障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン

2017年に厚生労働省から通知された「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」には、「意思決定支援の基本的原則」と「最善の利益の判断」が示されています。

意思決定支援の基本的原則

意思決定支援の基本的原則を次のように整理する。

(1) 本人への支援は、自己決定の尊重に基づき行うことが原則である。本人の自己決定にとって必要な情報の説明は、本人が理解できるよう工夫して行うことが重要である。また、幅広い選択肢から選ぶことが難しい場合は、選択肢を絞った中から選べるようにしたり、絵カードや具体物を手がかりに選べるようにしたりするなど、本人の意思確認ができるようなあらゆる工夫を行い、本人が安心して自信を持ち自由に意思表示できるよう支援することが必要である。

(2) 職員等の価値観においては不合理と思われる決定でも、他者への権利を侵害しないのであれば、その選択を尊重するよう努める姿勢が求められる。
また、本人が意思決定した結果、本人に不利益が及ぶことが考えられる場合は、意思決定した結果については最大限尊重しつつも、それに対して生ずるリスクについて、どのようなことが予測できるか考え、対応について検討しておくことが必要である。例えば、疾病による食事制限があるのに制限されている物が食べたい、生活費がなくなるのも構わず大きな買い物がしたい、一人で外出することは困難と思われるが、一人で外出がしたい等の場合が考えられる。
それらに対しては、食事制限されている食べ物は、どれぐらいなら食べても疾病に影響がないのか、あるいは疾病に影響がない同種の食べ物が用意できないか、お金を積み立ててから大きな買い物をすることができないか、外出の練習をしてから出かけ、さらに危険が予測される場合は後ろから離れて見守ることで対応することができないか等、様々な工夫が考えられる。
リスク管理のためには、事業所全体で取り組む体制を構築することが重要である。また、リスク管理を強調するあまり、本人の意思決定に対して制約的になり過ぎないよう注意することが必要である。

(3) 本人の自己決定や意思確認がどうしても困難な場合は、本人をよく知る関係者が集まって、本人の日常生活の場面や事業者のサービス提供場面における表情や感情、行動に関する記録などの情報に加え、これまでの生活史、人間関係等様々な情報を把握し、根拠を明確にしながら障害者の意思及び選好を推定する。
本人のこれまでの生活史を家族関係も含めて理解することは、職員が本人の意思を推定するための手がかりとなる。

最善の利益の判断

本人の意思を推定することがどうしても困難な場合は、関係者が協議し、本人にとっての最善の利益を判断せざるを得ない場合がある。最善の利益の判断は最後の手段であり、次のような点に留意することが必要である。

(1) メリット・デメリットの検討
最善の利益は、複数の選択肢について、本人の立場に立って考えられるメリットとデメリットを可能な限り挙げた上で、比較検討することにより導く。

(2) 相反する選択肢の両立
二者択一の選択が求められる場合においても、一見相反する選択肢を両立させることができないか考え、本人の最善の利益を追求する。
例えば、健康上の理由で食事制限が課せられている人も、運動や食材、調理方法、盛り付け等の工夫や見直しにより、可能な限り本人の好みの食事をすることができ、健康上リスクの少ない生活を送ることができないか考える場合などがある。

(3) 自由の制限の最小化
住まいの場を選択する場合、選択可能な中から、障害者にとって自由の制限がより少ない方を選択する。
また、本人の生命または身体の安全を守るために、本人の最善の利益の観点からやむを得ず行動の自由を制限しなくてはならない場合は、行動の自由を制限するより他に選択肢がないか、制限せざるを得ない場合でも、その程度がより少なくてすむような方法が他にないか慎重に検討し、自由の制限を最小化する。
その場合、本人が理解できるように説明し、本人の納得と同意が得られるように、最大限の努力をすることが求められる。

諸外国の意思決定支援

イギリスでは2005年に意思決定能力法(MCA)が制定されました。

これは意思決定能力に欠ける個人に代わって意思決定するための枠組みが規定された法律で、日本の成年後見制度に近い制度です。

しかし日本の成年後見制度と違って、法律行為だけでなく衣食住などの日常生活のあらゆる行為の意思決定について、どのような場合に他者関与が行われるべきで、どのような場合に禁じられるかを明確に定めています。

そしてそれぞれの行為について個別具体的な判断がなされます。

原則は、意思決定能力が無いという証拠がない限り意思決定能力があると考えますので、日本の成年後見制度とはそもそもポリシーが異なりますね。

可能な限り支援を行うことで、本人が意思決定できるようにもっていくのがイギリスの法律です。

このようにイギリスでは日本よりも障害者権利条約に準拠した内容になっています。

また、南オーストラリア州は、意思決定支援が最も進んでいて、その専門的手法も確立しています。ここでは、そもそも全ての人が自分の意思を決定する能力を有するという立場に立っており、日本の成年後見制度のように、「意思決定能力がない」と認定して成年後見人を立てるということは行いません。

まとめ

自己決定は、我々が日々行動を選択する中で行っており、自身の判断能力の上に成り立っています。

お店で店員さんの説明を聞いて商品を選ぶなどですね。なので主体性があり責任も伴います。

しかし、認知機能の低い人達には、その方が自己決定できるような合理的配慮がなされなければならず、その場合の自己決定を「(支援付き)意思決定」と呼んでいるのです。

つまり、意思決定には専門性のある支援員の支援が必要であるということです。

そして、成年後見制度に代表されるような代行決定ではなく、適切な支援がなされた上での意思決定を、障害者権利条約では求めているのです。

カリスマくん
カリスマくん

知的障害のある方の意思決定支援は難しいね。支援者が利用者のためだと思って一方的に決めてしまうことを「パターナリズム」というけど、知的障害者施設では日常的にあること。施設を利用することすらも利用者本人が決めているわけではないからね。

パターナリズムとマターナリズム

過去問

第28回 問題56

「障害者差別解消法」に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
1 障害者基本法には、障害者差別の禁止についての基本的理念が定められていなかったためこの法律が制定された。
2 人種を理由とする差別の禁止も包含した規定とされている。
3 障害者の権利に関する条約を締結するための国内法制度の整備の一環として制定された。
4 差別の解消の推進に関する政府の基本方針は、いまだ策定されていない。
5 差別を解消するための支援措置として、新たに専門の紛争解決機関を設けることとされている。
(注) 「障害者差別解消法」とは、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」のことである。

1 障害者基本法には、障害者差別の禁止についての基本的理念が定められていなかったためこの法律が制定された。
間違いです。障害者基本法の第四条には障害者差別の禁止について書かれています。

2 人種を理由とする差別の禁止も包含した規定とされている。
間違いです。障害者の差別を禁止する法律なので、人種を理由とする差別の禁止は含まれていません。

3 障害者の権利に関する条約を締結するための国内法制度の整備の一環として制定された。
これが正解です。

4 差別の解消の推進に関する政府の基本方針は、いまだ策定されていない。
間違いです。
第六条には政府の基本方針を定めなければならないとされています。

5 差別を解消するための支援措置として、新たに専門の紛争解決機関を設けることとされている。
間違いです。
ここまでの事は書かれていません。

第35回 問7

ソーシャルワークにおける援助関係に関する次の記述のうち、適切なものを2つ選びなさい。
1 転移とは、ソーシャルワーカーが、クライエントに対して抱く情緒的反応全般をいう。
2 統制された情緒的関与とは、ソーシャルワーカーが、自らの感情を自覚し、適切にコントロールしてクライエントに関わることをいう。
3 同一化とは、ソーシャルワーカーが、クライエントの言動や態度などに対して、自らの価値観に基づく判断を避けることをいう。
4 エゴグラムとは、ソーシャルワーカーが、地域住民同士の関係について、その相互作用を図式化して示すツールをいう。
5 パターナリズムとは、ソーシャルワーカーが、クライエントの意思に関わりなく、本人の利益のために、本人に代わって判断することをいう。

選択肢2と5が正解です。

精神保健福祉士 第25回 問題73

「障書者差別解消法」に関する次の記述のうち、正しいものを2つ選びなさい。

1 事業者には、差別の解消を必るために必要な啓発活動を行うことが義務づけられている。
2 公的機関には、合理的配慮の提供は努力義務として規定されている。
3 障害者の権利に関する条約の批准に向けてこの法律が制定された。
4 この法律における障害者の定義では、障害者手帳の所持が規定されている。
5 社会的障壁の定義では、社会における慣行や観念も含まれている。
(注) 「障害者差別解消法」とは、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」のことである。

選択肢3と5が正解です。

介護福祉士 第33回 問題89

「Nothing about us without us(私たち抜きに私たちのことを決めるな)」の考え方のもとに、障害者が作成の段階から関わり、その意見が反映されて成立したものとして、最も適切なものを1つ選びなさい。
1  優生保護法
2 国際障害者年
3 知的障害者福祉法
4 身体障害者福祉法
5 障害者の権利に関する条約

選択肢5が正解です。

精神保健福祉士 第22回 問題27 

次のうち、「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」(平成29年3月厚生労働省)の内容として、正しいものを2つ選びなさい。
1 本人の自己決定に必要な情報の説明は、本人が理解できるよう工夫して行うことが重要である。
2 意思決定を支援する施設職員と成年後見人がいる場合、前者の決定を優先する。
3 職員等の価値観において不合理と思われる決定は、職員の判断で代理決定することが求められる。
4 相反する選択肢を両立させることはせず、本人にとってどちらが最善の利益かを判断する。
5 本人の自己決定や意思確認がどうしても困難な場合は、本人をよく知る関係者が集まって、様々な情報を把握し、根拠を明確にしながら意思及び選好を推定する。

1 本人の自己決定に必要な情報の説明は、本人が理解できるよう工夫して行うことが重要である。
正しいです。意思決定支援の基本的原則に示されています。

2 意思決定を支援する施設職員と成年後見人がいる場合、前者の決定を優先する。
間違いです。「意思決定支援責任者は、事業者家族や成年後見人等の他、関係者等と連携して意思決定支援を進めることが重要である」とされています。

3 職員等の価値観において不合理と思われる決定は、職員の判断で代理決定することが求められる。
間違いです。「職員などの価値観においては不合理と思われる決定でも、他者への権利を侵害しないのであれば、その選択を尊重するよう努める姿勢が求められる。」とされています。

4 相反する選択肢を両立させることはせず、本人にとってどちらが最善の利益かを判断する。
間違いです。「二者択一の選択が求められる場合においても、一見相反する選択肢を両立させることができないか考え、本人の最善の利益を追求する。」とされています。

5 本人の自己決定や意思確認がどうしても困難な場合は、本人をよく知る関係者が集まって、様々な情報を把握し、根拠を明確にしながら意思及び選好を推定する。
正しいです。意思決定支援の基本的原則に示されています。

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