日本でのケースワークの発展

リッチモンドがケースワークを専門化して以降、日本でもケースワークの発展が見られます。

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1924年「ケースウォークとしての人事相談事業」三好豊太郎

<リッチモンドの著書>
1917年「社会診断」
1922年「ソーシャルケースワークとは何か」
リッチモンドが上のような著書を出したころから、日本でもケースワーク理論が発展していきます。

ケースワーク導入期で従来の慈善事業や救済事業と思想的に異なる社会事業への転換期でした。

ケースワークでなくケースウォークとなっているのが時代を感じます。

ビルディングがビルジングになっていた時代を思い出します。

1938年「ケースウォークの理論と実際」竹内愛二

竹内愛二はアメリカのケースワークを日本に導入した最初の研究者で、日本初のケースワークの体系的著書です。

当時の日本は戦争一色で、ケースワークは受け入れられませんでした。

1951年「グループワーク小團指導入門」永井三郎

永井三郎はグループワークの発展に貢献しました。

日本人でクループワークといえばこの人を覚えましょう。

1956年「公的扶助とケースワーク」仲村優一

仲村は公的扶助とケースワークの「一体的な提供」を唱えました。

一方で、岸勇は公的扶助とケースワークは分離すべきと唱えました。

「岸・仲村論争」と呼ばれています。

カリスマ社会福祉士
カリスマ社会福祉士

仲村優一は、2015年のカリスマ社会福祉士の誕生日に亡くなったのだ。

まとめ(福祉年表)

福祉年表で時代を確認してみましょう。

日本のケースワーク

1924年「ケースウォークとその人事相談事業」三好豊太郎と「社会事業と方面委員制度」小河滋次郎は同じ年ですね。

小河滋次郎は、大阪府知事の林市蔵と方面委員制度を作った人でしたね。

1938年「ケースウォークの理論と実際」竹内愛二の翌年は、日本初の年金制度である船員保険法ができた年です。

そして、1956年「公的扶助とケースワーク」仲村優一の3年後には国民年金法ができて国民皆年金制度が実現しました。

なんとなく、年金制度とリンクしているように見えますね。こじつけですが、そのように見ると頭には残りやすいでしょう。

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過去問

第31回 問題94

日本のソーシャルワークの発展に寄与した人物に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。
1 仲村優一は,著書『グループ・ワーク小團指導入門』において,アメリカのグループワーク論の大要を著した。
2 竹内愛二は,著書『社會事業と方面委員制度』において,ドイツのエルバーフェルト制度を基に方面委員制度を考案した。
3 永井三郎は,著書『ケース・ウォークの理論と實際』において,アメリカの援助技術について論じた。
4 小河滋次郎は,論文「公的扶助とケースワーク」において,公的扶助に即したケースワークの必要性を示した。
5 三好豊太郎は,論文「『ケースウォーク』としての人事相談事業」において,ケースワークを社会事業の技術として位置づけた。

1 仲村優一は、著書「グループ・ワーク小團指導入門」において、アメリカのグループワーク論の大要を著した。
これは間違いです。
「グループ・ワーク小團指導入門」を著したのは永井三郎です。
1951年のことです。
仲村優一といえば1950年代の「岸・仲村論争」です。
岸は公的扶助とケースワークは分離させるべき、仲村は一体化して行うべき、と真逆の意見で論争が繰り広げられました。
仲村は日本社会事業大学の教授などを務め2015年に亡くなっています。

2 竹内愛二は、著書「社會事業と方面委員制度」において、ドイツのエルバーフェルト制度を基に方面委員制度を考案した。
これも間違いです。
「社會事業と方面委員制度」を著したのは小河滋次郎で1924年のことです。
竹内愛二は日本に初めてケースワークを紹介した人で、1938年に「ケースウォークの理論と実際」を著しています。

3 永井三郎は、著書「ケース・ウォークの理論と實際」において、アメリカの援助技術について論じた。
これも間違いです。
「ケース・ウォークの理論と實際」は竹内愛二ですので間違いです。

4 小河滋次郎は,論文「公的扶助とケースワーク」において,公的扶助に即したケースワークの必要性を示した。
これも間違いです。
小河滋次郎は大阪府知事とともに方面委員制度を創設した人です。

5 三好豊太郎は、論文「『ケースウォーク』としての人事相談事業」において,ケースワークを社会事業の技術として位置づけた。
これが正解です。
1924年のことです。

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